凡人が東大を目指した結果、合格はしたけれどもメンタルが崩壊した話

これから、私が東大に合格するまでの地獄のような3年間の高校生活をお伝えします。二度と思い出したくはなかったのですが、実習や授業で身も心もボロボロになる看護学生さんを目にしていて、私の中に伝えたいことが生まれてきたので、こうして文章にすることにしました。

 

 

キーメッセージは

無理して勉強しても心が壊れるから止めとけ

ということです。

 

 

 

  • 実習が辛い、もう頑張れない
  • 勉強ができないと、自分に価値がないように感じる

そうした苦しさを感じている看護学生さんには、ぜひ読んで頂き、できることなら私の二の舞にならないようにして頂きたいです。

 

 

 

 

 

 

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私の24時間 in 高校時代

まず、下の円グラフを見てください。

 

 

これは、私の高校3年間の平日の生活スケジュールです。

いやいや、ウソでしょご飯食べてないじゃん

 

通学時間がゼロなわけないでしょ

 

 

 

と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、全て本当です。

食事中は常に英単語帳のターゲットを片手に持ち、通学時間には英語の教科書のリスニングをMP3で行い、寝る直前まで参考書を読んでいましたので、比喩ではなく、「寝ている時以外は勉強していない時間はない」という状態でした。

授業の合間の休み時間も、チャイムがなると同時に単語帳、もしくは数学の問題集を開きます。さらにはお弁当もその休み時間に食べておき、昼休みにはダッシュで自習室に移動、1時間フルに勉強をして、またチャイムが鳴ると共に教室に戻って午後の授業を受けるという生活でした。

テストが終わった日も、熱を出した日も関係ありません。本当に、この生活を3年間続けたのです。

 

 

こんな生活で、心がもつの?!

 

と思いますよね。

 

 

 

ご指摘の通り、もちませんでした。

なんとか高校3年間は乗り切り、東大にも現役合格したものの、既にその時には心がボロボロになっていました。

 

 

あまりのストレスに、家に帰れば母親の食事に対して「もっとマシなもの出せないのかよ!俺は勉強してきたんだぞ!」と怒鳴りちらし、帰宅した時に鍵が開いていないと、玄関のドアを思い切り、何度もガチャガチャガチャガチャ無理やり引っ張っていました。

また、私の部屋は2階にあったのですが、少しでも1階から物音が聞こえると、床をめいいっぱい蹴りつけて「うるせぇよ!勉強の邪魔だ、静かにしろよ!!!」と大声で叫びます。

 

 

家族には、本当に申し訳なかったと思っております。

何も言わず、ひたすら私の馬鹿げたふるまいを堪えてくれ、文句ひとつ言いませんでした。

馬鹿なことをしてしまいました。

 

 

そもそもなぜ、このような生活を送ることになったのでしょうか。

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地獄の高校生活がはじまったわけ

私には勉強の才能がありませんでした。

ここで言う才能というのは、「何もせずとも当たり前のように問題が解ける能力」ではなく、「トライ&エラーによって学ぶという過程を効率化して、短時間で要点を掴んでいく能力」のことです。

ですので、私にとっては勉強とは「ただひたすら物量で圧倒する」という作業でした。

 

 

例えば、歴史の問題。

東大入試には大論述というものがあり、とある世界史の事象を1000字前後で説明することが求められます。

勉強の才能がある人であれば、「その事象を取り巻く世界史の流れを頭の中で組み立てて、鍵となる要点を把握、そこから全体の解答を作り上げていく」というプロセスをとります。

しかし私にはその能力がなく、結局採用した方法は「歴史の教科書を全て暗記する」という馬鹿げたものでした。

同じように、英語の教科書は全文を暗記し、数学においては問題集にのっている問題の解き方(赤チャートとオリジナルですが)を全て暗記するという戦略をとっていました(戦略などと言えるものではありませんね)。

 

 

こんな私ですが、中学と高校入学時点での成績は良かったのです。

さすがにこれだけ勉強していて、良くないのも問題だと思いますが。

 

中学では全学年で1位、悪くて2位か3位があたりまえでした。

高校でも、確か最初のテストで全学年で10番台だった気がします。私は栃木県出身で、そこのトップ公立校である宇都宮高校というところへ通っていたのですが、私の年は毎年20人くらいは東大に入っていたので、この順位だけなら充分に東大合格圏内です。

最初は、自分が東大を目指すなんて思いもしなかったものの、学校全体で「東大か医学部じゃないと」という雰囲気があり、またそれなりの順位だったことから周囲の友人から「お前、東大じゃね?」とおだてられたことで、私は自分自身の力量を見誤ってしまったのです。

 

 

それだけの能力がなかったのにも関わらず、「そうか、おれ東大なんだ」と誤解し、最初は「行ければいいな」という気持ちが、いつの間にか「東大に行かなければ自分の生きる価値はない」とまで思うようになりました。東大合格が、自分自身の存在意義になっていたのです。

 

 

ですが先述の通り、私には勉強の才能がありませんでした。

「俺は東大」と気持ちだけが不釣り合いに大きくなり、一方で能力はその要求についていけません。

文系での学内順位は2位~5位くらいを前後していたので、地方の一公立高校レベルであれば、私の愚直な努力でも通用したのですが、やはり全国となると歯牙にもかかりません。東大模試では最低のD判定以下しかとることはできませんでした。

テストが返ってきて、恐るおそる判定結果をみると、いつも「D」。

悔しくて、「なんで俺はこんなに無能なんだ、愚か者が!」と罰として自分の舌を思いきり、数十秒にわたって噛みしめます。痛くて涙が出てくるのですが、そうでもしなければ私の悔しさには行き場がなく、そしてどこかそうして自分を痛めつけることにも心地よさを感じてしまっていた気もします。

また、これだけ自分を痛めつけていた反動だと思うのですが、自分よりテストの点が低い同級生に対して、「こいつらは努力することもできないクズなんだ」と虫けら同然に思い、実際に「俺が東大に合格したら、お前のこと将来雇ってやるよ」などと馬鹿げた台詞を口に出していました。

 

 

 

 

 

 

 

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もはや心が壊れ始めていた

文字通り、命を削って勉強していたのです。

家族にも、同級生にも、そして自分自身にも悪意をもった攻撃をし続けていました。

そうすることでしか、心のバランスを保てなかったのだと思います。

 

 

3年生の後半になった頃には、もはや心が過剰な自尊心と自己犠牲に耐えられなくなってきまして、勉強に身が入らなくなってしまいます。すでに、「結果が出せるかどうか」よりも、「勉強している自分」そのものに存在意義を感じるという誤った思い込みをするようになってしまっていたので、見かけ上は最初の円グラフのようなスケジュールで生活し続けていたものの、実際には机に座って、かすれゆく意識と共に教科書を捲っているだけです。

なんの意味もありません。

 

 

ここで私がやるべきことは、すぐに教科書を閉じ、休息をとることでした。

しかしもう、「少しでも休んだら成績が下がる」という強迫観念に駆られた私には、休息をとるということはできませんでした。

そのため、さらに勉強と称して自分を痛めつけるのですが、当然ながら逆効果で、そのまま成績はじわじわ下がり続けていました。

なんとか逃げ切ることができ、東大には現役で合格することができたものの、その頃には既に私の心は壊れていたと思います。

 

 

 

 

 

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東大で本当の天才たちに出会って

そうして血反吐を吐きながらも合格した東大ですが、そこでさらに自分の身の程を知ることになります。

 

 

友人たちの中にはわらわらいたのです。

 

高校3年の夏まで野球だけやっていて、そのあと勉強したら東大に受かったやつ、

高校時代から彼氏、彼女をつくってデートに行っていた奴、

東京芸大に受かって、ついでに東大も受かった奴、

 

 

入学前には「きっと東大には私より血反吐を吐いてきた奴らがいっぱいいるんだ」と恐れおののいていたものの、実際にはそんなことはなく。

入学初日から、「私のあの努力は何だったの?!」と愕然としました。

 

 

そこでようやく気付いたのです。

勉強に必要なのは、無謀な努力ではなく、充分な休息と合理的な計画であるとうことに。

時すでに遅し。

 

私の心は、勉強することへの恐怖心をもってしまい、もうまともに東大の授業に出ることはできませんでした。

授業に出てもスマホをいじり、深夜まで学生寮でスマブラをやって昼過ぎに起きる、テストは一夜漬け。

看護に出会い、ようやくそこから真剣に、意味のある努力をしようと思い、再起することができたのですが、もし看護に出会ってなかったらと思うとゾッとします。

 

 

 

 

 

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看護学生さん、ズルをしてでも休もう

私はこれらの経験から、断言します。

無謀な努力は時間と体力の無駄です。

 

 

看護学生さんに求められる勉強量はかなり多く、そして実習ともなると膨大な手書きレポートに連日追われ、3時間だけ寝てまた病院へと向かい、病院では看護師さんの「根拠は?!」攻撃に怯えるという日々を送るということも。

私はこのような実習スタイルには意味があるとは全く思いませんが(むしろ成績向上においては逆効果です)、しかし教員から「やらねば不合格」と言われてしまった以上は、何とかこなさねばなりません。

 

 

ただどうか、これだけの要求に応えられないからといって「私は実習についていけない馬鹿なんだ」などと思わないで欲しいのです。

この場合は貴方に問題があるのではなく、むしろ適切な課題量を提示できていない学校側に問題があるでしょう。

 

 

課題をこなすことよりも、貴方の心と身体の健康をまもることの方がよっぽど大切です。人にはそれぞれの最適な勉強スタイルがあるのですから、看護実習という一場面において与えられた課題がこなせなかったからと言って、決して「自分に価値がない」などと思う必要はまったくありません。

「辛いな」と思ったら、こっそりとサボれるところはサボって良いのです(もちろん、「めんどくさいから、サボる」というのは私も賛成はできませんが)。

 

 

どうか、私のような無意味な勉強で自分も、家族も、そして同級生までもを苦しめてしまい、結果残ったのは喪失感だけということになりませんように。

 

 

 

 

 

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最後に

勉強で大切なことは、無謀な努力ではありません。

貴方の心と身体を削り取っていくだけでなく、その努力を続けていても成績向上には繋がりません。

「勉強そのもの」を嫌いになってしまい、私のようにその後に勉強を怯えるようになってしまうというのも問題です。

 

 

勉強はほどほどに、無理なく、あなた自身のペースで進めるべきです。

そして、無駄に時間をかけるのではなく、合理的な計画に則って、勉強手法を適正化していく。

必要なことだけ学んだあとは、恋人と遊ぶでも、漫画を読むでも、好きなことをやるべきです。あえて言うのであれば、これもまた脳をリフレッシュして、新鮮な気分で再び机に向かうための戦略です。

 

 

どうか、看護学生さん達が正しい勉強法を獲得し、無理なく、健やかに看護師になるという夢を叶えられますように。

 

 

そんなこと言ったって、勉強法って何よ?

という方は、シチュエーション別の勉強方法をブログに書いておりますので、そちらを参考にしてください。

私が地獄の高校3年間で苦しみ、そして東大で友人たちから学んだ”自分の学びを最適化し、存分に余暇を楽しむための方法”を書いております。

 

 

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