ただの看護師ツイッタラーだった私が、沢山の医学系出版社さんから連絡を貰えるようになったわけ

最近、こういう扇動的なタイトルで文章を書くことが楽しくなってきました。
以前は、「ありふれた安っぽいタイトルだな」と忌避感を感じていたのですが、やはり使いまわされているというだけの理由があるというか、私が言いたいことをそれなりに伝えてくれる、痒い所に手が届くテンプレだなと思っております。

  

閑話休題。

  

  

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看護師ツイッタラー、ことはじめ

さて今回はタイトルの通り、「ただの看護師ツイッタラーだった私が、沢山の出版社さんから連絡を貰えるようになったわけ」を改めて振り返ってみようと思い、執筆しております。

私がTwitterで真面目に看護のことを呟くようになりましたのは、2017年の夏ごろからでしょうか。その頃のフォロワーさんは数百人くらいでした。
元々、「自分の考えを、自分のオリジナルの言葉で表現する」ということに興味があり、細々とブログを書いてはいたのですが、テーマはあちこちに飛びとびで、収束することはありませんでした。しかし、看護を自分の専門にすると決めてから、看護が好きだという気持ちと、「魅力的な医療資源である看護を最大限に活かしたい」という熱意がふつふつ湧いてきまして、それをTwitterの140字の言葉の中に落とし込んでいくという活動に楽しみを感じるようになってきたのです。

元々、「看護という営みは、その本質が充分に言語化されていない」ということが、看護の魅力が世に伝わっていない理由の一つだと思っておりましたので、「ではどのように看護を発信したら世の人々、医師や官僚などの食指を動かせることができるだろうか」とずっと考えていました。
ですので、看護の歴史や理論を汲み取っており、かつ私の臨床経験、そしてこれからの看護の在り方、それらを包含したような看護の表現を生み出せたと感じた時には、「よしっ!!!」と心の中でガッツポーズを掲げます。

その時点で、数か月でフォロワーさんが3000人くらいになっていました。

そんな中、東大の学歴と教育格差へのtweetがヒットして、数万RT、これで一気にフォロワーさんが9000人くらいになった、というのが私のTwitter歴です。

 

最初に結論を言ってしまうのですが、Twitterへの私の感想は、「たかがTwitter、しかし真面目にやっていると実社会での良いことに繋がるもんだなぁ」というものです。

  

医学系出版社さんとのお付き合いについて

前置きが長くなりましたね。
医学系出版社さんとのお付き合いについてでした。

私は現在、複数の医学系出版社さんとお付き合いをさせて頂いております。
医学書院さんを初めとして、日本看護協会出版会さん、シーニュさん、ナース専科さん、日経メディカルさん、メディカ出版さんなどから企画化を前提としてお話しする機会に恵まれました。

今も、某新聞メディアでの連載、単著出版、そしてウェブメディアでの連載をこっそり進めております。

なぜ、ただの看護師ツイッタラーでしかなかった私がこれらの出版社さんたちからお声をかけて頂けるようになったのか、その自己分析をしてみたいと思います。

   

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最初の出会いは

最初のきっかけは、医学書院さんの某看護系雑誌の編集者さんがTwitterのダイレクトメールを下さったことでした。

医学書院さんのアカウントからDMが入っている、「おや?」と思って開きますと、

「 フォローして頂き、誠にありがとうございます。改めて自己紹介しますと、医学書院にて〇〇〇〇を担当しております、〇〇〇〇と申します。この度は突然お声をおかけし、大変失礼いたしました。 夜間飛行様のすべてのツイートを拝見できているわけではありませんが、特に直近の、「優しさ」に関する問題提起など、非常に重要な、しなやかなものを感じました。こういった言葉は、科学志向の看護師からは鼻で笑われ、逆に精神面に重点を置く看護師からは、実践、教育での吟味が足りないように思います。もちろん、これは大げさにモデル化したとらえ方ですが、夜間飛行様からは、そのどちらでもない、ご自身のお言葉で実践とモデルをとらえられているように感じました。 まずは大変不躾ではありますが、夜間飛行様がどのような方か、教えていただいてよろしいでしょうか。信州大学にいらっしゃる、とのことですが……。 ※もちろん、教えていただいたことを公表などは一切いたしません。 」


私は胸が高まりました。
かねてより「文字を書いて生活していきたい」という気持ちがあったのですが、このDMを頂いた瞬間に内心では「しゃおら!医学書院って最大手だよな、この縁を拾っていけば、出版界進出にとっても、私のプロモーションにとってもうまうまだぜ!」と小汚いことを考えておりまして(笑)。

しかし、「ここでがっつくと引かれるぞ!ここは冷静に、息をおいて」と思ってお返事は、控えめに。

 
「〇〇さん、初めまして。 大学時代、教授より「看護には言葉がない」という問題提起をされました。その時以来、看護の力を定義し、看護師が誇りを取り戻せるような言葉を探し、機会を頂いた際には執筆をしてきた次第です。ですので、そう仰って頂けて大変嬉しいです。 恐縮ですが、簡単に私の紹介をさせてください。 廣瀬直紀(27歳)と申します。東大の文学部から健康総合科学科に転部し、7年かけて大学を卒業しました。演劇が好きで、3年間役者活動をしておりましたので、人より長く時間がかかっております。 現在は長野県の佐久総合病院に所属する2年目の看護師です。佐久病院は地域医療のメッカと呼ばれており、医療と文化活動の両輪で農村部のHealth Promotionを行なってきた歴史があります。そこで看護師をしつつ、文化活動として地域の祭りへ参加したり、演劇をしたりすることで地域医療に携わっています。 来年からは母校の大学院の公衆衛生修士課程に進学します。 医学書院様ですと東大の近くですし、母校の教員でも執筆している者もいるかもしれないな、なんて思っておりました。こうしてお話しできて嬉しいです。」

 

この時にご連絡くださった編集さんとは、今でも深い繋がりがあります。医学書院さんでお仕事を頂く時ではなくとも、例えば他の出版社さんとのお付き合いができた時や、別の媒体に投稿する文章を書いた時など、いつもこの方に相談差し上げて参りました。勝手ながらに戦友だと思っています。

鮮烈な眼差して看護界の現状を眺めていらっしゃる方で、エッジの効いた視点からのご助言は、私の発信活動において支えとなって参りました。

 

この編集さんが、医学書院内の他の雑誌、書籍の編集さんとお引き合わせし続けてくださり、そうして医学書院さんないでのお付き合いが広がって参りました。週刊医学界新聞さんで記事を書かせて頂けたのも、医学書院さんとコラボという形でイベントをやらせて頂けたのも、全てのはじまりはこの編集さんのおかげです。私に実績と知名度がないために、なかなか企画という形でこの編集さんに恩返しすることができていないのが歯がゆいのですが、いつか名前が通るようになったら、この編集さんのお力になれるような物書きになりたいと思っています。

これが、私の医学系出版社さんとのファーストコンタクトです。

 

 

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新たなる出会いは

では、そこからどのようにして輪が広がっていったのか。
たったいまナイーブなことを言っておきながらアレなのですが、医学書院さんに感謝するとともに、私の中では「医学系出版界で最大手の医学書院さんに認めてもらえたということをうまくアピールしていけば、他の出版社さんにも『ようすを見ていたが、医学書院が目をつけるくらいなのか。どれ、ちょっと話してみるか』」と思ってもらえるという打算がありました。ですので、この頃から医学書院さんとお付き合いができたことを、tweetの端々で匂わせていくようにしました。

そのあたりからですね、他の医学系出版社さんからご連絡を頂くようになったのは。また、医学書院さんで記事を書かせて頂いて実績ができてからは、こちらから出版社さんに持ち込みをかけるようになりました。数社さんに連絡を取り、全ての出版社さんと企画化を前提にして話し合う場を持つことができましたので、「医学書院効果おそるべし」というところだと思います。

 

 

医学系出版社にて執筆権を頂くうえで配慮していたこと

さて、ここからはややノウハウ的な文章になります。
私がこうして医学系出版社さんとお付き合いさせて頂けている際たる理由は、「無名の私にご関心をもってくださるだけの度量の広さが編集さんたちにあった」ということに他なりませんが、そのうえで私が編集さんとのお付き合いで配慮していることをお伝えしたいと思います。

 



私の場合は例えば”世に珍しい東大卒看護師である”、”東大で研究を学んでいる”、”看護師の大学院進学を支援している”、”看護師として国際機関でインターンしている”などですね。安い言葉で言うと、キャラ付けということになりますが、無名の私が出版社さんで企画を持たせて頂く上では、「これ!」として切り出せる唯一無二のポジションが必要だと強く感じました。やはりこうしたキャラがあると、編集さんも企画の切り口を見つけやすいようです。
また、こうしたキャラ設定をするうえで気を付けたのは、「たったいま企画を組んでも充分に通用するキャラである」ということです。

私が企画を持ちたいのは将来ではなく、今です。
ですので、「この人はいつか大物になる可能性があるな」という可能性を編集さんに感じてもらうだけでは不十分でした。「この人は今すぐ企画をお願いしても通用する」と感じてもらわねばなりません。


➀唯一無二の自分のポジションをはっきりと示す

なので、「将来、国際機関で看護師として働きたい」というキャラ付けでは不十分です。
反対に、”東大卒看護師”、”東大卒看護師として、看護師の学術活動を支援している”、”国際機関でインターンできる看護師を増やすため、今私自身が経験している生のインターン経験を言葉にする”などは、今の無名の私であっても充分に闘っていけるキャラ付けです。

こうして、編集さんたちに「私はこう見せたら充分に売れますよ」というメッセージを言外に送るように努めておりました。

 



②自分のミッションを具体的に明確に示し続ける

私のミッションは「未開拓な医療資源である看護の潜在可用性を引き出し、公衆衛生の課題を解決する」というものです。
東大を卒業して看護師になることを選んだ理由も、医療データベースを使った量的研究を専門とした理由も、WHOでインターン理由も、全てこのミッションの延長線上にあります。
編集さんとお会いするたびに、私は「なぜこのミッションが重要か」ということを、具体的な数字と、私自身の成育歴をもって伝え続けました。

上に述べたキャラ付けだけでは、「ある一点」での自己PRしかできません。そこで、このミッションを付け加えることにより、私の過去と未来を添えた「線としての私」とPRするよう努めていました。

 



③二番煎じの言葉を使わない

Twitterで発信する際には、必ず自分自身のオリジナルの言葉を使うように気を付けています(今回のタイトルとは真逆ですが)。

出版社さんからご連絡いただく際に、「廣瀬さんの表現に魅力を感じて」とお声掛け頂くということが多かったので、「なるほど、編集さんというのは書き手のこういう点を大切にしているんだな」ということが分かってきました。

出版社さんで企画をやらせて頂くことと、いわゆる医療ライター業務はまったく異なっており、後者が依頼主の希望に沿って文章を書いていく傍らで、前者で求められているのは「私自身のパーソナリティー」です。こちらは、代替不可能、つまり「私でなければ書けない文章」を前面に押し出していく必要があると私は思っております。
物書きとしてはまだまだ企画を頂き始めたばかりの私に過ぎませんが、未熟でありながらも絶対に他人の空マネの文章は書かないということを胸に、文章を書いていきたいと思っております。

 


④引き際をきっちりと見極める

 編集さんと企画を生み出しても、ぎりぎりのところで上司オッケーが出なかったり、または社内の色々な事情で企画が折れてしまうということも何度がありました。その際には、なるべくきっぱりと「その時じゃなかった」ということで引き切ることにしております。

そこでゴネたとしても企画が成立する可能性は低いですし、心象を悪くするだけです。

今後もその編集さんとお付き合いしていくためにも、きっぱりと引くように心がけています。その代わり、「ここで作った企画ですが、他の出版社さんでやらせて頂いてもかまいませんか?」と確認するようにしています。
というのも、出版社さんによって社風や、資本、編集さんのタイプはもちろん違うわけですから、A社で通らなかった企画もB社では大歓迎なんてこともあるわけです。転んでもただでは起きないぜ、の根性でやっております。

  



⑤ある出版社さんで企画をやらせてもらった場合には、他の出版社さんにもそのアウトプットをお知らせする

これも打算的なことですが、自分の医学系出版界における市場価値を高めるための活動です。

書いた文章、やらせてもらったイベントをその都度お伝えしていくことで「あ、こいつにはこんな使い方もあるのか」、「ふぅん、前はダメダメだったけど、けっこう仕事もらうようになってきたんだね」とか思ってもらえたら嬉しいなと思っております。

 

  

 

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最後になりますが、ただの看護師ツイッタラーでしかなかった私を引き立て、文筆という場で活動の機会をくださる編集さんの皆様には深い感謝をお伝えしたいと思います。

今回は、あくまでも私サイドからの文章を書かせてもらった次第ですが、「いやそこは違うだろ」と思われることがあれば、どうぞ仰ってくださいませ。

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